大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和58年(ワ)12119号 判決

原告

菅野正信

被告

大東京火災海上保険株式会社

ほか三名

主文

一  被告大東京火災海上保険株式会社、同田中治司、同佐藤和也は、原告に対し、各自、七四七万八九三〇円及びこれに対する昭和五五年一一月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の右被告三名に対するその余の請求及び被告秋元邦夫に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告に生じた費用の五分の一を被告大東京火災海上保険株式会社、同田中治司、同佐藤和也の、右被告三名に生じた費用の四分の三及び被告秋元に生じた費用を原告の、その余を各自の各負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告に対し三一七一万六一七八円及びこれに対する昭和五五年一一月二三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

(一) 日時 昭和五五年一一月二二日午前八時五五分ころ

(二) 場所 横浜市金沢区朝比奈町七九番地先路上

(三) 加害車両 普通乗用自動車(横浜五七ら五七九)

右運転者 被告佐藤和也(以下「被告佐藤」という。)

(四) 被害車両 普通貨物自動車(横浜四四や一〇八四)

右運転者 原告

(五) 事故態様 加害車両が、急勾配の下り坂で急カーブの事故現場道路を曲がりきれずに、センターラインを越えて対向車線に飛び出し、被害車両に衝突した。

(右事故を以下「本件事故」という。)

2  責任原因

(一) 被告佐藤

被告佐藤は、被告大東京火災海上保険株式会社(以下「被告会社」という。)の金沢文庫支社に所属する従業員であり、本件事故当時、自動車運転の仮免許しか有せず、運転免許取得のため運転練習中であつたものであるが、急勾配の下り坂で急カーブの本件事故現場道路を進行するにあたつては、センターラインを越えないで走行できるように減速し、あるいは適切なハンドル操作をすべき注意義務があるのに、これを怠り、適切な速度及びハンドル操作で走行せずに加害車両を対向車線に飛び出させた過失により本件事故を惹起したものであるから、民法第七〇九条の規定に基づき、損害賠償責任を負う。

(二) 被告秋元

被告秋元邦夫(以下「被告秋元」という。)は、被告会社の保険代理店である八景観光株式会社(以下「八景観光」という。)の従業員であり、加害車両に同乗して、運転練習中の被告佐藤に対し運転指導をしていたものであるところ、本件事故現場付近は急勾配の下り坂で急カーブであつて、自動車運転免許を有する者であつても運転が難しい場所であり、被告佐藤の運転技術ではセンターラインを越えて、対向車線を走行してくる車両に衝突することが容易に予測し得たにもかかわらず、かかる危険に配慮することなく、漫然と被告佐藤に運転させていた過失があり、本件事故は、被告秋元の右過失によつて発生したものであるから、同被告は、民法第七〇九条の規定に基づき、損害賠償責任を負う。

(三) 被告田中治司(以下「被告田中」という。)

被告田中は、八景観光の代表取締役であるが、加害車両を保有し、これを自己のため運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)第三条の規定に基づき、損害賠償責任を負う。

(四) 被告会社

(1) 被告佐藤は、前記のとおり被告会社の金沢文庫支社に所属する従業員であつて、同支社の命により、被告会社の業務として自動車運転免許を取得すべく練習をしていたものであり、同支社への通勤の途上、被告秋元の指導のもとに、仮免許により加害車両を運転することを右支社から許諾されていたものであつて、本件事故は、被告佐藤が被告会社の業務として自動車運転免許を取得すべく練習中に前記過失によつて惹起したものであるから、被告会社は、民法第七一五条の規定に基づき、損害賠償責任を負う。

(2) 被告佐藤は、被告会社への出勤途上、被告会社の業務として、被告秋元の妹宅へ保険契約加入の勧誘に立ち寄つたのち、被告会社へ出勤する途上で前記過失によつて本件事故を惹起したものであるから、被告会社は、民法第七一五条の規定に基づき、損害賠償責任を負う。

(3) 被告会社は、被告田中との間で、加害車両を被保険自動車とし、限定運転者を被告田中及び被告秋元とする対人賠償自動車保険契約を締結していたものであるところ、本件事故当時、被告秋元は、被告佐藤の運転について具体的指示、指導を行い、同被告と共同して加害車両の運行を支配していたから、被告会社は、右保険契約に基づき、本件事故による原告の損害について保険金支払義務がある。

(4) 被告会社金沢文庫支社長である兼平昌義(以下「兼平」という。)は、昭和五五年一一月末ころ、原告の入院する病室において、原告及びその妻に対し、本件事故について被告会社に損害賠償義務があることを認め、原告の被つた損害に対する支払債務を承認するとともに、これを弁済する旨約したから、被告会社は、右支払約束に基づき、原告の損害額を支払うべき義務がある。

3  原告の傷害及び治療経過

原告は、本件事故により、外傷性頸部症候群の傷害を負い、昭和五五年一一月二四日に横浜東邦病院で診察を受け、直ちに入院を勧められたが、原告の仕事柄直ちに入院することが不可能であつたため、同日から同月二七日までの四日間通院治療を受けながら当座の仕事の段取りをつけたうえで、同病院に同月二八日から昭和五六年三月一五日まで一〇八日間入院し、以後、同年五月一三日に治癒するまでの五九日間に実日数二〇日通院して治療を受けた。

4  損害

(一) 治療費 四五九万〇九三〇円

原告は、右病院における治療費として右金額の損害を被つた。

(二) 通院交通費 三万六〇〇〇円

原告は、右二四日間の通院のため、一日あたり一五〇〇円、合計三万六〇〇〇円のタクシー代を支出した。

(三) 入院雑費 一〇万八〇〇〇円

原告は、右一〇八日間の入院中、一日あたり一〇〇〇円、合計一〇万八〇〇〇円の雑費を支出した。

(四) 休業損害 一三〇万一二四八円

原告は、職人七名を雇用して配管業を営んでおり、所得税申告においては、昭和五五年度の売上が四七三〇万七〇七六円、経費控除後の所得金額が二一〇万七七五二円であるが、実際には右売上の他に少なくとも三件の工事代金合計一六〇万三〇〇〇円の売上があつたから、原告の同年度の所得は年間三七一万〇七五二円、一日あたり一万〇一六六円であつた。

そして、原告は、本件事故による損害のため、前記の昭和五五年一一月二八日入院から同年五月一三日治癒までの一二八日間休業を余儀なくされたから、これにより一三〇万一二四八円の損害を被つた。

(五) 逸失利益 二〇八〇万円

原告の営む配管業は、七名の職人がいるものの、これらはすべて現場作業員であつて、発注主との打ち合わせ、立会等の業務は専ら原告が行つていたものであるうえ、原告は、本件事故当時、職人を四名増員して営業を拡大すべく準備中のところ、本件事故にあつたものである。

このように責任者である原告が三か月以上も入院したため、原告は、既に発注を受けていた三件の発注金額合計二〇八〇万円にのぼる工事をいずれもキヤンセルされてしまい、二〇八〇万円の損害を被つた。

(六) 慰藉料 二〇〇万円

原告の前記傷害の内容、程度、入通院治療の経過等に加えて、本件事故は被告らの一方的過失によるものであるにもかかわらず、被告らはこれまで原告の入院治療費すら支払つていないことなどの事情を考慮すると、同原告の被つた苦痛に対する慰藉料は右金額を下らない。

(七) 弁護士費用 二八八万円

原告は、被告らから損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その報酬として右請求金額の約一割にあたる二八八万円を支払う旨約した。

5  よつて、原告は、被告ら各自に対し、三一七一万六一七八円及びこれに対する本件事故発生の日の翌日である昭和五五年一一月二三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  損害原因に対する認否

1  (被告会社)

(一) 損害原因1の事実は不知。

(二) 同2の事実中、被告佐藤が被告会社の従業員(研修生)であつたことは認めるが、被告佐藤が被告会社の命により被告会社の業務として運転免許を取得すべく練習中であつたこと及び被告会社が被告佐藤に対し被告秋元の指導のもとに通勤途上の運転を許諾していたことは否認し、その余は不知。被告会社の責任は争う。

本件事故は、被告佐藤が被告秋元の指導のもとに仮免許で運転練習中に発生したもので、被告会社の業務執行とは何の関係もないし、被告会社では、私有車を業務に使用する場合の制約が厳しく規定されており、仮免許での運転を許諾することなどはありえない。

また、本件事故現場は被告佐藤の通常の出勤経路とは大きく異なつており、かつ、被告佐藤は、保険の勧誘といつても、被勧誘者と何の連絡もとらず被告会社にも何の届出もなさず、被勧誘者の兄である被告秋元に同道し、単に保険のパンフレツトを渡してきたという程度のものであつて、被告佐藤の本件事故当日の行動の主眼は、専ら仮免許による運転練習にあり、被告会社の業務の執行又は出勤途上とはいえないものである。

さらに、原告主張の対人賠償責任保険契約における運転者限定特約は、被保険自動車の運転者を特定することにより担保する危険を縮小し保険料負担を軽減するものであるから、限定運転者以外の者が運転している間に生じた事故については盗難車の被保険自動車について生じた事故を除きすべて免責されるものであり、右場合における運転者は、現実にハンドルを握り当該自動車を走行させている者を指し、その者が仮免許で運転者練習中の者であつても現実にハンドルを握り走行している限り運転者とされるものである。

(三) 同3及び4の事実はいずれも不知。

(四) 同5の主張は争う。

2  被告田中

(一) 損害原因1の事実は認める。

(二) 同2の事実中、被告田中が加害車両の保有者であること、被告佐藤が仮免許中で加害車両を運転していたこと、被告秋元が八景観光の従業員であり加害車両に同乗していたこと、本件事故現場が下り坂のカーブ地点であることは認め、その余は不知。

(三) 同3の事実中、原告が横浜東邦病院で受診し、入院したことは認め、その余は不知。

(四) 同4の事実は、(四)のうち原告が配管業を営んでいることのみ認め、その余はすべて不知。

(五) 同5の主張は争う。

3  被告秋元

(一) 損害原因1の事実は認める。

(二) 同2の事実中、(一)、(三)、(四)の事実及び(二)のうち被告秋元が被告会社の保険代理店である八景観光の従業員であることは認め、その余は否認し、被告秋元の責任は争う。

なお、本件については、被告会社に保険契約あるいは民法第七一五条の規定に基づく支払義務があるものである。

(三) 同3の事実は不知。

(四) 同4の事実中、(一)ないし(四)及び(六)、(七)は不知、(五)は否認する。

原告主張の治療費中には、二一三万三〇〇〇円の個室使用料が含まれているが、原告の傷害の部位、程度からみて個室使用の必要はなかつたものである。

また、原告主張の売上額は根拠がなく、その所得は通常の経費率からみても不当であり、逸失利益については全く根拠がない。

(五) 同5の主張は争う。

4  被告佐藤

(一) 損害原因1の事実は認める。

(二) 同2の(一)の事実中、被告佐藤の過失は否認し、その余は認め、被告佐藤の責任は争う。

同(二)の事実中、被告秋元が被告会社の保険代理店である八景観光の従業員であり、加害車両に同乗して、運転練習中の被告佐藤に対し運転指導をしていたことは認め、本件事故現場付近が仮免許取得者程度の運転技術ではセンターラインを越えて、対向車線を走行してくる車両に衝突することが容易に予測し得たこと、被告秋元がかかる危険に配慮しなかつたことは否認する。但し、一般に、仮免許取得者が運転練習をする場合、一定の資格のある本免許取得者の指導のもとに運転しなければならないから、仮免許取得者が本免許取得者の指導のもとに運転中に第三者に傷害を負わせた場合、本免許取得者も自賠法第二条にいわゆる「他人のために自動車の運転又は運転の補助に従事する者」に該当する運転者として民法第七一九条の規定に基づき、責任を負うものである。

同(三)の事実中、被告田中が八景観光の代表取締役で加害車両を保有しこれを自己のため運行の用に供していた者であることは認める。

同(四)の事実中、被告佐藤が自動車運転免許を取得すべく練習中であつたのは被告会社金沢文庫支社の命によるものであること、被告佐藤が被告会社から、通勤途中被告秋元の指導のもとに加害車両を運転することを許諾されていたことは否認する。

(三) 同3及び4の事実はいずれも不知。

なお、原告主張の所得税申告以外の一六〇万三〇〇〇円の売上は、経費を全く控除していないものであり、これを休業損害算定の基礎とすることは不当である。

また、原告主張の逸失利益は、本件事故と相当因果関係のある損害ということはできないし、経費を控除していないことも不当である。

(四) 同5の主張は争う。

三  抗弁

1  弁済(被告ら全員)

被告佐藤は、原告に対し、損害賠償の内払いとして五〇万八〇〇〇円を支払つた。

また、原告主張の治療に対し、自賠責保険から六九万二〇〇〇円が支払ずみである。

2  過失相殺(被告秋元)

加害車両と被害車両の衝突地点は、加害車両が僅かに対向車線に入つた地点であり、対向車線の幅員は四・二メートル、被害車両は全幅一・六二メートルであるから、被害車両が衝突を回避する余地は十分にあり、しかも、被害車両は時速約二〇キロメートルの低速度で進行していたこと及び原告が被害車両を発見して左に転把した形跡が全くないことを考慮すると、原告にも本件事故発生につき若干の過失があるから、過失相殺をなすべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める。

2  同2の過失相殺の主張は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。

理由

一  損害原因1(事故の発生)の事実は、原告と、被告田中、同秋元、同佐藤との間においては争いがない。

成立に争いのない乙第一ないし第三号証、丙第二、第七号証及び被告佐藤、原告各本人の尋問の結果によれば、請求原因1のとおり事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

二  そこで、被告らの責任について判断する。

1  被告佐藤の責任

前掲乙第一ないし第三号証、丙第二、第七号証及び被告佐藤、原告各本人の尋問の結果によれば、被告佐藤は、急勾配の下り坂で急カーブの本件事故現場道路を進行するにあたり、センターラインを越えないで走行できるように減速し、あるいは適切なハンドル操作をすべき注意義務があるのに、これを怠り、適切な速度及びハンドル操作で走行せずに加害車両を対向車線にはみ出させた過失により本件事故を惹起したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

右事実によれば、被告佐藤には、民法第七〇九条の規定に基づき、損害賠償責任があることが明らかである。

2  被告田中の責任

被告田中が加害車両の保有者であることは、同被告と原告との間で争いがないから、他に特段の事情の認められない本件においては、同被告は加害車両を自己のため運行の用に供していた者であると認めるのが相当であり、したがつて、同被告には、自賠法第三条の規定に基づき、損害賠償責任があることが明らかである。

3  被告秋元の責任

前掲乙第一ないし第三号証、及び被告佐藤本人の尋問の結果によれば、被告佐藤は、本件事故当時、自動車の仮運転免許を有しており、運転練習中であつたこと、このため、運転免許を有し三年以上の運転経験のある被告秋元が加害車両の助手席に同乗して被告佐藤に対し運転の指導をしていたこと、被告秋元は、本件事故現場道路が急勾配の下り坂で急カーブであつたため、本件事故現場の手前で被告佐藤に対し、下り坂で急カーブであるから減速するよう指示し、被告佐藤もこれに応じて減速して本件事故現場のカーブに差しかかつたが、減速が十分でなかつたこととハンドル操作も的確でなかつたため本件事故が発生したことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右の事実によれば、被告秋元は、仮免許で運転練習中の被告佐藤に対し、事故が発生しないように適切な指示、指導をすべき注意義務があることが明らかであり、また、本件事故現場道路が急勾配の下り坂で急カーブであつたのであるから、もし、被告秋元において、何ら指示、指導をなさず、あるいは不適切な指示等をなした結果事故が発生した場合には、被告秋元に過失があるものというべきであるが、右認定のとおり、被告秋元は、被告佐藤に対し、下り坂で急カーブであるから減速するよう指示しており、右指示は本件事故現場の道路の状況からみて適切なものであつたというべきであるから、この点において被告秋元に過失があつたということはできず、そのほか被告秋元に過失があつたことを認めるに足りる証拠はない。

したがつて、被告秋元は、本件事故について責任はないものというべきである。

4  被告会社の責任

被告佐藤が被告会社の従業員(研修生)であつたことは、原告と被告会社との間で争いがなく、前掲乙第一ないし第三号証、成立に争いのない乙第四号証の一ないし三、証人兼平昌美の証言及び被告佐藤本人の尋問の結果によれば、

(一)  八景観光は国内旅行業務を行うほか被告会社の保険代理店も兼ねている会社であり、被告田中はその代表取締役、被告秋元はその従業員であること、

(二)  被告会社においては、保険代理業務に従事する者を養成するため、六か月間研修生として雇用して研修を受けさせる研修生制度を採用していること、

(三)  被告佐藤は、昭和五五年四月に八景観光に従業員として入社したが、保険代理業務の実務を身に付けるため、同年九月ころ、期間六か月の予定で被告会社に研修生として入社し、保険代理業務の研修を受けていたこと、

(四)  右研修期間中、被告佐藤に対する直接の指導・監督は上司である原英之が担当していたこと、

(五)  被告会社は、従業員の私有車の業務上の使用について、いわゆる内勤社員については業務及び通勤とも一切使用を禁じ、営業職員、外務社員等の直販社員については業務通知により所定の基準の自動車保険の付保等の条件を満たした届出車両に限つて業務上使用の許可を与える方式を採つており、被告佐藤のような研修生については、右直販社員の場合における取扱が準用されていたが、被告佐藤は、被告会社入社当時、自動車運転免許を有しなかつたため、将来自動車運転免許を取得して私有車を使用しようとする場合には所定の届出を要する旨の指示を受けたのみで、私有車の業務上使用の許可は受けていなかつたこと、

(六)  被告会社での被告佐藤の業務ないし研修の内容は、被告会社の金沢文庫支社に出社し、勤務時間は午前九時から午後五時までで、朝礼時に、前日の営業活動の総括、当日及び翌日以降の保険加入者募集行動の予定の報告等を行い、夕刻時に、指導担当者と具体的な翌日の行動計画の打合わせを行うなどして指導を受けつつ、保険加入者募集の実務に従事するというもので、毎日出社することが義務づけられていたが、いわゆる保険外交員の場合と同様に、被勧誘者宅の訪問等の営業活動は、勤務時間内に限らず、出勤あるいは退勤の途上や夜間等の被勧誘者の都合にも合わせた適当な機会・時刻に行うこともできるのが実情であつたこと、

(七)  被告佐藤は、本件事故前、鎌倉市内にある被告秋元方に遊びに行くことになつていたが、本件事故の日の前日ころ、被告秋元と電話で、同被告方に遊びに行つた日の翌朝出社する途上に仮免許による自動車運転練習を兼ねて加害車両を運転して同被告の妹方に保険加入の勧誘に行くことを相談したこと、

(八)  そして、被告佐藤は、本件事故の日の前夜、被告秋元方に宿泊し、本件事故当日、午前八時過ぎごろ、加害車両を運転し、被告秋元を同乗させて同被告方を出発し、途中、保険加入勧誘のため同被告の妹方に立ち寄つて積立フアミリー保険のパンフレツトを渡したのち、再び加害車両を運転して、被告会社金沢文庫支社に出社する途中、本件事故を惹起したこと、

(九)  加害車両は被告田中の所有する車両で、被告佐藤は、予て被告田中に仮免許を取得したときは同車で練習させてくれるよう依頼していたもので、本件事故当日は、横浜市金沢区にある八景観光まで運転して同所で被告田中に加害車両を返還したのち、同所から徒歩で一〇分程のところにある被告会社金沢文庫支社に出社する予定であつたこと、

(一〇)  被告佐藤は、被告秋元の妹方への保険加入勧誘のための訪問につき、予め前記原英之その他の上司に報告をしていなかつたこと、また、被告佐藤は、当時、横須賀市久比里に居住しており、その通常の通勤経路は、久里浜駅から金沢文庫駅までは京浜急行で、同駅から金沢文庫支社までは徒歩で通勤するというもので、本件事故当日の走行経路は、右の通常の通勤経路とは異なつていたこと、

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右の事実によれば、被告佐藤は、研修生であるとはいえ、被告会社の従業員として保険加入者募集の営業に従事していたもので、本件事故当時も、右営業の一環として、被告秋元の妹方へ保険加入勧誘のために立ち寄つたのち、出社する途上で本件事故を惹起したものであり、被告佐藤のような保険加入者募集の営業に従事する者にとつては、被勧誘者宅への交通の途中も営業のための行動中ということができるから、ひつきよう本件事故は、被告佐藤が民法第七一五条にいわゆる事業の執行につき惹起したものというべきであり、したがつて、被告会社は、民法第七一五条の規定に基づき、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任があるものといわざるをえない。

なお、被告佐藤が、本件事故当時、自動車運転の仮免許しか有せず、被告会社から私有車の業務上使用の許可を受けていなかつたこと、本件事故当時の加害車両の運転は仮免許による自動車運転練習を兼ねていたこと、被告秋元の妹方への保険加入勧誘のための訪問につき、予め前記原英之その他の上司に報告をしていなかつたこと、本件事故当日の走行経路は、被告佐藤の通常の通勤経路と異なつていたことは右認定のとおりであるが、前示のように、本件事故当時の被告佐藤の加害車両の運転が被告会社の業務の一環である保険加入勧誘のための交通の途中と認められる以上、右諸事情は、被告佐藤が被告会社の事業の執行につき本件事故を惹起した旨の前記認定を左右するに足りないものといわざるをえない。

三  続いて、原告の傷害及び治療経過について判断する。

原告が横浜東邦病院で受診し入院したことは、原告と被告田中との間で争いがなく、成立に争いのない甲第二号証、第三号証の一ないし七及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故により、外傷性頸部症候群の傷害を負い、昭和五五年一一月二四日に横浜東邦病院で診療を受け、同日から同月二七日までの四日間通院治療を受けながら当座の仕事の段取りをつけたうえで、同病院に同月二八日から昭和五六年三月一五日まで一〇八日間入院し、以後、同年五月一三日に治癒するまでの五九日間に実日数二〇日通院して治療を受けたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

四  進んで、損害について判断する。

1  治療費 四五九万〇九三〇円

前掲第三号証の一ないし七及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、右病院における治療費として右金額を要したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

なお、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認める甲第一三号証によれば、原告は、右入院中個室を使用することがやむをえない状況にあつたものと認められ、右認定を覆すに足りる証拠はないから、個室使用料を含め、右治療費を損害として認めることができる。

2  通院交通費

原告は前示のとおり通院したから、相当額の通院交通費を支出したことは、推認するに難くないが、本件においては、原告の支出した具体的な通院交通費を認めるに足りる証拠がないから、結局、原告の通院交通費の請求は理由がないものといわざるをえない。

3  入院雑費 一〇万八〇〇〇円

前示の原告の入院の事実に照らすと、原告は、右一〇八日間の入院中、一日あたり一〇〇〇円、合計一〇万八〇〇〇円を下らない金額の雑費を支出したものと推認することができ、これを覆すに足りる証拠はない。

4  逸失利益 二〇八万円

原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認める甲第九号証の一ないし三、第一〇号証の一ないし九、第一一号証の一ないし五及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故当時、七名の職人を雇用して配管業を営んでおり、右職人はすべて現場作業員であつて、発注主との打ち合わせ、立会等の業務は専ら原告が行つていたところ、原告が前示のとおり入院したため、既に発注を受けていた豊正工業株式会社からの発注金額四八〇万円、株式会社武田材木店からの発注金額四五〇万円、原設備工業株式会社からの発注金額一一五〇万円の三件の工事請負契約(発注金額合計二〇八〇万円)をいずれも解除されたことが認められ、右認定を左右するに足りる確実な証拠はない。

右の事実によれば、原告は、右三件の工事請負契約を解除されたことによつて、これら工事を施工した場合における利益相当額の損害を被つたものというべきである。

ところで、原告は、右工事につき、いわゆる粗利を三〇パーセント見込んで見積を計上している旨供述するが、原告と被告佐藤との間で官公署作成部分の成立に争いがなくその余の部分につき原告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められ原告とその余の被告との間で成立に争いのない甲第四号証の一ないし五によれば、原告の昭和五五年分の課税申告における売上金額は四七三〇万七〇七六円であるのに対し諸般の経費を控除したのちの所得額は二二〇万七七五二円にすぎないことが認められるうえ、原告本人尋問の結果によれば、原告は、粗利は一応三〇パーセントとして見積を出すが、工事の実際の状況によつては見積どおりの利益が得られるとは限らず、最終的には精算してみないと利益額はわからないことが認められ、これらの事情に鑑みると、前示の三件の工事請負契約の解除による損害額は、これを控え目にみて、発注金額の一割にあたる二〇八万円と算定するのが相当である。

5  休業損害

原告主張の休業損害は、これを休業損害だけに着目すると、少なくとも課税申告額を基準とした損害が生じているようにみられるものの、原告が稼働できなかつたことによる損害として前記4に認定した逸失利益と合わせ考察すると、原告主張の休業損害と右逸失利益とは一部重複するものと考えられるから、仮に休業損害を認めるべきであるとしても、右逸失利益と重複しない限度でのみ認められるものというべきところ、本件においては、その重複の程度ないし金額を明確に認定するに足りる証拠はないから、結局、休業損害としては請求を認めることができないものといわざるをえない。そして、右のように休業損害を否定したとしても、原告が稼働できなかつたことによる損害としては前記4に認定したとおり逸失利益として相応額を認容しているから、これを必ずしも不当なものということはできない。

6  慰藉料 一二〇万円

原告の前記傷害の内容、程度、入通院治療の経過その他本件において認められる諸般事情を総合すると、原告の本件事故による慰藉料は一二〇万円をもつて相当と認める。

五  被告佐藤が、原告に対し、損害賠償の内払いとして五〇万八〇〇〇円を支払つたこと、及び、原告主張の治療費に対し、自賠責保険から六九万二〇〇〇円が支払ずみであることは、いずれも当事者間に争いがない。

したがつて、前示の原告の損害額の合計七九七万八九三〇円から右損害てん補額を控除すると、残額は六七七万八九三〇円となる。

六  弁護士費用 七〇万円

弁論の全趣旨によれば、原告は、被告らから損害額の任意の弁済を受けられないため、弁護士である原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、その報酬を支払う旨約したことが認められるところ、本件事案の難易、審理の経過、前示認容額、被告秋元に対する請求は認めることができないこと、その他本件において認められる諸般の事情を総合すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は、七〇万円をもつて相当と認める。

七  以上によれば、原告の被告らに対する本訴請求は、被告会社、被告田中、被告佐藤に対し、各自、七四七万八九三〇円及びこれに対する本件事故発生の日ののちである昭和五五年一一月二三日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右限度でこれを認容し、右被告三名に対するその余の請求及び被告秋元に対する請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林和明)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例